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redcircle’s blog

アニメ等の感想を書きます

【けもフレ】8話PPP回はアイドル商業主義への痛烈な皮肉!

けものフレンズ8話、ペパプがライブをする話でした。

マネの上手い子がマネになる神回でしたね笑 

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https://twitter.com/kemo_anime/status/835045669593210880

 

 

 

単刀直入に言うと微妙

放送前から異質な物だと思ってました。

以下は僕のツイートです。

ほら見たことかって言うとウザいオタクですね。

予想していた僕がこう思っているんだし、今までのけものフレンズを期待していた視聴者はさぞ衝撃を受けたのではないでしょうか。

 

予測されうる反論についての反論

「二度目見たらそうでもなかったよ」

どんなに楽しんだものでも二度目はやはり刺激が弱くなります。

第一印象が良くても二度目見たらそんなによかったっけ?ってなりますし、悪くてもそんなに悪かったっけ?って思うことでしょう。

人間は同じ刺激を過小評価するんですね。それは脳の基本的な機能です。

 

 

まずなんで微妙なのか考察しておきます。

 

・かばんちゃんの知能発揮がない

かばんちゃんは頭を使うフレンズなのに、今回は傍観しているだけでした。

これまでは分業してみたり道具を使ったり文字を読んだりするかばんちゃんに、人間の自分を重ねて見ていたところがありました。

それがけものフレンズの大きなテーマの一つだった思います。

 

・ペンギンたちの個性が弱い

これまでは動物としての習性が表れていたりすると、なるほどなぁとか思って見てたんですが、今回はペンギンのフレンズが5人も出てきて違いがわからなかったのと、ペンギンとしての行動や癖がわかりにくかったです。

棒読みちゃんはサーバルちゃんだけで間に合ってます。

 

・ライブシーン

他作品と比較するつもりはないですが、これまで多くのライブシーンがあるアニメが世に出てきました。だからオタクとして僕もライブシーンには一家言ありますね。

ライブのどこが悪かったかについて書くと、「制作費が少ないからしょうがない」とか「スタッフ10人で作っているんだから限界がある」って言われそうですね。

でもけものフレンズってシンプルなCGながらも逆にそれを良さに変えてきたじゃないですか。そんな機転の良さを感じられたら良かったですね。

 

・「アイドル」が文化的すぎる

けものフレンズにアイドルは世界観として合わないと思いましたね。これまでの廃退的な感じから一転して俗っぽいというか人間的なものになってました。投擲や長距離移動、家を作る、合戦、料理をする…といった基本的な人間の行動からかけ離れた文化ですよね。浮いていました。

 

・誰得シリアス

今回のシリアスの入れ方は典型的な「誰得シリアス」でした。ふとしたことで対立して、逃げ出すキャラ、それを慰める主人公、からの和解という流れです。んーでもアイドルアニメってこういう展開が多いですよね。もしかしてけものフレンズはそういった安直なシリアスと茶番のような和解に対しての「皮肉」として8話を作ったんでしょうか?笑

  

大きくは以上ですね。

さて、こういう批判を書いてしまうと「ほならね、自分でもやってみろって話でしょ?」とか言われそうなので、

「ぼくのかんがえたさいきょうの8話」

を披露したいと思います。

 

 

かばんちゃんとサーバルちゃんは博士にもらったチケットを使いに○○ちほーに行く。

そこには寂れた水族館があった。中ではペパプがペンギンショーの準備をしていた。

それを物陰で見守るマーゲイちゃんに話を聞く。

ペンギンショーは代々やってきたが、とうとう誰も見に来てくれなくなった。このメンバーではこれがが初ショーになるが、ペパプメンバーはお客さんが来てくれないかもしれないと不安になっている。なんとかしたい、と。

サーバルちゃんはマーゲイちゃんを引っ張ってペンギンたちの所へ行く。

ペンギンたちはみんなである曲を口ずさんでいた。

その曲はかつての水族館でよく流れていたものらしい。

かばんちゃんが、「その曲を歌いながらペンギンショーをすればいいのではないですか」と提案する。

ペンギンショーに代わってライブをすることになり、必死に練習するペパプ。

マーゲイちゃんは頑張って客寄せをする。

そしてライブが始まる。ペパプは『ようこそジャパリパークへ』を歌う。

どんどんフレンズがライブに集まってくる。

おわり

 

かばんちゃんの提案で歌って踊るという文化が持ち込まれるっていうパターンならこれまでの「けものフレンズ」らしいんじゃないかなーって思います。

 

アイドル商業主義への皮肉だ!!

さて、エントリのタイトルについてです。

結局のところ、けものフレンズでアイドルをやるっていうのは、商業主義の帰結でしかないということを言いたいですね。

時代はアイドルっていうのは間違ってないですし、アイドルアニメが流行っていることは否定しようがないです。僕もラブライブ大好きです。だからどんなアニメでも歌って踊って声優を売り出してCDも買ってもらえば企画として成功しやすいよねっていうのは何も間違ってないです。しかしそのセオリー通りにアイドルを出したら、けもフレにとっては異物であり、オーパーツだったんです。そんな浮いた存在であるオーパーツに、僕は「なんでもアイドルにしておけばいいや」っていう商業主義への皮肉を感じました。

さらにそのストーリーの内容ですよね。トラウマを抱えたアイドルが逃げ出して、主人公の説得によって復帰してライブは大成功!という、まーーーアイドルものでは定番中の定番展開です。PPP回はそれを明らかに踏襲した無難なものだったはずです。ですがけものフレンズのファンはそういうものを求めていたわけではないでしょう。たとえアプリも知らず一話で切って三話あたりから周りに合わせて見始めたとしても、各人にはけものフレンズというイメージがあって、好きという気持ちがあったわけです。そのイメージの範囲外に行くことがどういう感想を導くかというのは、このエントリの前半部分に書いてあります。

そしてけものフレンズがこれだけ持てはやされている現状を見ると、PPP回のテンプレ展開の安直さが浮き彫りになった事実は全てのアイドルアニメに対して重大な示唆を与えているわけです。つまり飽きられているがアイドルという性質上大目に見て貰えていた展開が、アイドルアニメという文脈から離れた途端一切通用しなくなった…という皮肉を含んでいるんです。

だからPPP回を叩くオタクは、同時に「アイドルを盲信する自己」と向き合うべきではないかとも思うわけです(自戒)。

 

プリンセスさんかわいすぎ問題。

まあ信者に後ろから刺されても仕方ないくらいグダグダ書きましたが、8話の出来の悪さとキャラクターのかわいさという問題は別個のわけです。けものフレンズという文脈から見たら8話は異質なんですが、8話単体としてみたときのプリンセスさんは非常に僕好みのものなんですね。

コンプレックスを抱えているけどそれを隠してみんなを引っ張って頑張ってるのが大好きなんですね。ひょんなことでコンプレックスが露呈してふさぎ込んじゃうのもすごくわかります。フレンズでこういうキャラがいなかったので新鮮でした。僕はプリンセス単推しですね。

 

 

 

今回で最終的な目的地が「港」であることが明かされましたね。

港と言えば船出です。お別れENDありそうですね。