redcircle’s blog

アニメ等の感想を書きます

オタク的コンテンツ"消費スタイル3.0”

Twitterでフォロワーとオタク論について話して、少し僕の見解について書き留めておこうと思いました。

アニメというものは、結局は商品であり、消費形態によって語られるのが無難であるというのが僕の立場です。ゼロ年代批評(あまり詳しくない)のようなコンテンツと社会情勢を直接リンクさせる手法は、コンテンツが多様化した今の時代、懐疑的にならざるを得ません。

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http://eromanga-sensei.com/bd-dvd/01.html

 

 

このエントリでは便宜的に消費形態を「消費スタイルX.X」の形式で表記します。

まず、それぞれのバージョンのスタイルを説明しようと思います。

 

消費スタイル1.0

コンテンツの一次的な消費形態として、純粋にそれを楽しむというものがあります。アニメならば単純に視聴したり、ゲームならば自分でプレイしてみるということです。

 

消費スタイル2.0

二次的には、まずその名の通り「二次創作」があります。同様に、「感想の共有」も一次消費の次に起こる、二次的な消費行動と考えます。例えばSNSやブログで感想を言い合ったり、まとめサイトを読んである種の共通認識を得たりする行動をこれに含めます。

 

消費スタイル2.5

これは二次的な消費に副次的に発生する消費スタイルです。現実での行動を伴ったり、他者との交流のための消費がこれにあたります。

例えば、二次創作ならばそれを同人誌として発表・頒布したりする行動がこれにあたります。

友人と連れ立ってアニソンライブやイベントに行ったりするのもこれに含めます。聖地巡礼も2.0というよりこちらな気がします。

このスタイル2.5では、感想の共有よりも、その行動自体が目的であるような場合を示すと言えます。コスプレもこれでしょう。

 

ここまでが僕が認識している段階的なオタクの消費行動です。どれもがかつてより併存していたのでしょうが、やはりここ数年でも変化があるように思えます。

ではさらに補足的な議論の種として「伝染病モデル」を導入しようと思います。

 

伝染病モデル

数学の分野に複雑系というものがあって、その中にセルオートマトンモデルという手法があります。僕はそこから着想を得たんですが、コンテンツの消費もある種伝染病的であるのではないかと思います。

まず伝染病がどういうものかというと、まず誰もが免疫なし、発症、免疫あり、のいずれかの状態をとります。もし免疫なしの人が発症した人に接点を持っていたら、発症し、その場合は時間経過によって自動的に免疫ありに移行します。

そしてこれをコンテンツ消費のアナロジーとして採用したのが「伝染病モデル」というわけです。免疫なし=コンテンツ未消費、発症=コンテンツ消費中、免疫あり=興味なし…というわけです。簡単に言えば、友人がそのコンテンツに嵌まっていたとすれば、確率的に同じコンテンツに興味を持ち、嵌まってしまうという話です。友人に限らずTwitterのフォロワーや、場合によっては2chの名無しも含まれる可能性があります。

 

消費サイクルとインターネット

 

僕は消費サイクル(コンテンツの寿命)がどんどん短くなっているのをこのモデルとSNSまとめサイトによって説明できると思っています。

従来型のコンテンツ消費・スタイル1.0とスタイル2.0(アニメを見て、友人と感想を言い合う)の段階では伝染病のようなファンの広がりを期待できます。やはり人は何かを見たら感想を共有したくなるものです(そうならない人はマイナーなアニメを見ていくが、広がりは生まれないし、表に現れてこないので見かけ上少数派となり、観測不可能)。

SNSまとめサイトはこの流れを加速する役割を担ったと言えます。今ではインターネット上の不特定多数と即時に感想を共有できたり、二次創作を瞬時に何千人ものフォロワーに見せられるようになりました。つまり消費におけるこの共有行動にかかる時間は劇的に減ったというわけです。

減らされた時間やエネルギー・そしてお金が何に向けられるかというと、消費スタイル2.5に挙げられた諸行動です。近年のアニソン・アニソンライブ市場の隆盛はこれに裏付けられていると考えています(もちろんこの市場をこういう視点で分析した言説はいくらでもあると思います)

ソシャゲは全ての消費スタイルを同時に包括しているので時代の趨勢を担うことは必然だったと言えるでしょう。僕個人としてはFGOが最も成功を収めていると思います(物語性、収益性、二次創作の盛り上がり、従来コンテンツの継承などの点で。エビデンス?知らんw)

 

かくかくしかじかでソシャゲがコンテンツの終着点だった可能性はありますが、さらなる消費の向かう先として消費スタイル3.0を考えてみようと思います。

 

消費スタイル3.0

2.5の次に存在するであろう3.0です。

それはずばり「オタク自らのコンテンツ化」です。

ブログや創作のような媒体のある自己表現ではなく、自分がコンテンツになります。

具体的には、YouTubeに実況プレイ動画を投稿する、ツイキャスをする、そしてTwitterで”オタク”というキャラクターとして活動するといった行動です。

オタクはツイキャスを始めて自らのコンテンツ力に絶望しているのが散見されます。つまりオタクがこれから消費するコンテンツを選ぶ際に、いかに自分のコンテンツ力を高められるかという視点が追加されます(または、既にあったその需要が強化される)。

Twitterの場合は文字という媒体なので自らをそのまま出しているとは言い難いしそこまで新しくもない。最近だと”イキリオタク”というネタが流行っていますね。※「俺オタクだけどDQNをボコボコにしたw」系のネタ)

既に一次消費の段階で扱われていたコンテンツはほとんど消え去っています。しかしオタクというキャラクターを形成するひとつのパーツとなったと言えます。コンテンツがオタクの血となり肉となった状態。果たしてこれが消費と言えるかどうかは疑問ですが…

SNSを題材とした言説では自らをコンテンツ化する不気味さのようなものは盛んに取り上げられていますが、オタクもまたその潮流に否応なく組み込まれていくと考えられます。そうなるとVRやARのような現実を侵食しうるコンテンツとオタクの親和性が高まっていきます。

 

結局、オタクは消費スタイル2.5まではいけても、自らをコンテンツ化する境地に達せられるかという問題があります。己を曝け出す葛藤という壁を乗り越えられるオタクが消費者として次のステージに行けるのではないかと思います。おわり。